Decom Insight School

新製品開発力を組織的に底上げし 次世代を育てる

小林製薬様

「あったらいいなをカタチにする」という企業スローガンの実現に向け、医薬品の他、芳香剤・衛生雑貨品・オーラルケア製品・スキンケア・サプリメントなど幅広い領域の製品を取り扱う小林製薬株式会社様。大阪で卸として創業し、近年はメーカーとして生活者に製品を提供し続け、2022年時点で157個のブランドを持つ106期目を迎える老舗企業です。私たちは、まだ世の中にない新しいアイデアや商品を生み出すことで、新しい生活スタイルを提案し、新たな市場を開拓する「小さな池の大きな魚戦略」をとっています。この戦略により、特定のニッチ市場やこれまで存在しなかった市場を創出します。

日用品事業部内のスタッフ育成部門として新設された アイデア発想推進グループ(TIP)様に、デコムの人材育成研修「インサイトフル」をご受講いただきました。事業部内の2グループにも展開いただき、2年間で5回に分けてご支援させていただいています。 今回は、TIPを立ち上げ、インサイトフル研修もご受講いただいた、日用品事業部 事業戦略推進部 アイデア発想推進グループ マネージャー・田原申也さんにお話を伺いました。(取材・文責:デコム土井)

スーパースター依存からの脱却。組織的な新製品開発力の再構築を担う新組織TIP

―――田原様とは2年以上のお付き合いになりますね。改めて日用品事業部について教えてください。

田原:日用品事業部は歴史が古く、ロングセラーブランド「ブルーレットⓇ」や「消臭元Ⓡ」「おりものシートⓇ」など大きなブランドを複数持つ、ヘルスケア事部業と並ぶ基幹事業部門です。経営からは、基幹事業の安定化だけでなく、人材創出も期待されています。2030年に向けた中長期戦略の中で、グローバルへの展開を発表していますが、基幹事業で人を育て、育てた人材を新事業に送り込んでいく仕組みを創出することが求められています。

―――アイデア発想推進グループ(社内ではTIPと呼ばれている)はどのような組織ですか?

田原:新製品開発のプラットフォームとして、日用品事業部内で機能する新部門です。2020年1月に立ち上げました。組織的に新製品開発へ取り組むために、アイデア発想のスキルや汎用プログラムを持ったTIPのメンバーが、さまざまな課題を持った製品事業部の開発メンバーと協業するスタイルで仕事をしています。設立当初は「技術戦略推進グループ(Technologycal Idea Promotion)」として通称「TIP」と呼んでもらっていました。3年目が終わった時点で「技術」を取り、残ったアイデア発想力の維持・向上をメインで担うグループとして「アイデア発想推進グループ(Team Idea Production)/TIP」に名称変更しました。

―――メーカーとして、技術よりもアイデア発想力の育成に集中された背景は?

田原:生活者の方々や機関投資家の方からは「小林製薬ってアイデアの会社だね、ユニークなものを作ってるよね」とお声をいただく機会がとても多いです。ですが、これまでの小林製薬を振り返ると、チームの集合知を活用して商品開発を進めるというよりは、何年かに一回、言葉では伝えられない個性(暗黙知)を強烈に持つスーパースターが出てきてヒット商品を生み出すというスタイルで、それがかっこいい!という現場の共通認識もあったように思います。しかし、成長領域であるグローバルへ展開していくためには、国内などの基幹事業の中で暗黙知を形式知にまとめながら、水平展開していくことが求められます。小林製薬の特徴である「アイデア発想力」を戦略的に培っていく機能が必要だということで、アイデア発想力の維持・向上に集中することにしました。

―――アイデア発想力に特化というのはご英断ですね。TIPは4年目ということですが、田原様が関わることになったきっかけは?

田原:私自身は、芳香剤事業部に開発者として入社し、「消臭元Ⓡ」「無香空間Ⓡ」「トイレその後にⓇ」などのブランドを担当した後、新市場創造を担当しました。芳香剤市場は飽和していると社内で言われていましたが、人間の本能的な欲求を製品の提供価値に織り交ぜることができれば生活者の方々に必要とされる商品をまだまだ生み出せると、当時からインサイトにつながるような考え方をもって研究開発をしていました。7年務めた後、経営企画室に異動し、社長の戦略スタッフとして4年間従事しました。会社全体を見て、社内の文化醸成や人材育成関連のミッションを多く担当しました。上司と部下の関係性を良くするような社内システムや、VUCA時代の人材育成サポートシステムの検討などの業務を通じて、会社は人が中心である、ということを勉強させてもらいました。

―――開発者としてのご経験に加え、全社を俯瞰する経営視点や人材育成領域もご経験されていらっしゃったんですね。

田原:はい、その後海外留学を経て、日用品事業部の新規事業のグループに着任しました。新しいブランドを作ることをメインに活動して1年程した頃に、「開発部門内にスタッフの新組織を立ち上げないか?」と当時の上司から話があり、TIPを設立しました。そもそも何をするか、商品開発を支援するとはどういうことなのかなど、私たちのチームが取り組むことを言語化し、ロゴマークや行動指針を作ることから始めました。当時のミッションは、目下のアイデア会議をどうするか、でした。スーパースターのスキルは暗黙知すぎて、アイデア会議のスタイルや発想方法、視点も個々人で異なっていました。これまで属人的だった生活者起点の新製品開発プロセスの中から、「リサーチ」「アイディエーション」「プロトタイピング」の3ステージに開発過程を体系化し、丁寧に再構築していきました。デコムさんとは、リサーチステージでパートナーとして一緒に取り組んでいます。

まずはTIPメンバー自らがスキルを習得。プレテストでプログラムの確からしさを検証

―――約2年間で5回に分けてデコムのインサイトフル研修をご導入いただきましたが、最初の受講はTIPの5名様でしたね。当時はリサーチステージにおいてどのような課題がありましたか?

田原:2021年に受講した際は、まずTIPの私達から勉強しようというのが目的でした。小林製薬の製品は、明確な市場のお困りごとに答えるものが多い傾向にあります。トイレに汚れがついて困っている、といった具体的で目に見えやすいプロブレムを解消してきたので、提供すべき価値も分かりやすかったんですよね。大松代表(※1)も講義の中で言っているように、目に見えるお困りごとが解消されて生活水準が上がってきた「だいたい、いいんじゃないですか時代」になっている今、私達はどのようにお困りごとに対して新しい価値を提供するのか、深く考える必要性を感じました。
※1 デコム代表 大松孝弘

田原:また大きなブランドほど、お客様のニーズはこういうもので、このブランドに対する欲求はこういうもの、という過去の蓄積から安易に開発しようとしてしまう傾向にありました。カテゴリーの外にある未知のニーズを取りに行くスキルや暗黙知が、組織として失われ始めていたことにも危機感がありました。デコムさんの「インサイトとは、人を動かす隠れた心理」という定義のとおり、目に見えない隠れた欲求を見つけることを形式知にする難しさにも直面しました。

―――TIPメンバーの受講から、2つの開発部門に展開しようと、デコムのインサイトフル研修を選ばれた決め手は?

田原:インサイトが体系的に整理されていて、面白いと思いました。「インサイトの3分類」や、アイデア開発から製品開発に行く前に、インサイトとバリュープロポジションを定義するフェーズがある、など。また新製品開発に対する教育という点も、TIPの成し遂げたいこととマッチしていたので決めました。

エンターテイメント性が高い講義と、実践力が鍛えられるセルフワーク

―――インサイトフル研修の前半、導入研修はいかがでしたか?

田原:エンターテイメント性の高さを感じました。豊富な経験や事例とともに、具体と抽象を行ったり来たりする講義は楽しかったですね。調査対象者の発言を言葉通りに解釈してしまうと失敗する、という経験が私達にもあったので、サラダマックの事例は納得感がありました。生活者は嘘をつくのではなく、欲求を言葉にできないだけなんだ、という大松代表の解説に共感しました。まずは人間を見に行きましょう、という考え方も勉強になりました。「獲得すべき11のスキル」については、耳の痛い話でした。「消費者理解が浅い人材」が今の私達なんだと、スタート地点が明確になりました。デビルとエンジェルの「欲望マンダラ」は、今の私達のディスカッションの中にも度々で出てきます。

―――座学から楽しんでご受講いただけて嬉しく思います。調味料ワーク(※2)はいかがでしたか?
※2 生活者のn=1事象から価値導出・アイディエーションを行う研修内のワーク

田原:難しかったです。自分はできていると思っていても、講師の方にブラッシュアップする余地がありますよ、と励まされ、現時点での完成度を自覚しました。TIPメンバーとのグループフィードバックでは、相対的に自分はどこが劣っていて、どこがまあまあなのか、自分の感覚として得られたのが面白かったです。繰り返し修正する中で、習得していけた実感がありました。

―――ワークシートを埋めることはできても、果たしてそれを生活者が本当に購入するのか、インサイトを突いているのか、深く問われてくるので、実践に近いワークになっていますね。

2グループにインサイトフル研修を導入。人間を出発点にした共通認識で仕事が楽に

―――TIPにご導入いただいた後、2つのグループにインサイトフル研修を導入いただきました。決め手は?

田原:スーパースターから脱却し、他者と協働しながら働ける組織を作るためには、そもそも概念的で抽象的なインサイトについて、共通認識を持つ必要があります。言葉できっちり定義されていて、インサイトからアイデアにつなげていく後工程まで体系化できているプログラムに価値を感じました。事業部全体の共通認識にできて、初めてインサイトについてディスカッションできる土壌が整うだろうと考えました。

田原:小林製薬は、一個人がアイデア提案をする機会が多く、毎月チャンスがあるのですが、一個人がどれだけ良いと言っても、周りに共感されなければ製品化されることはありません。自分たちが理解しがたいような価値観について、アンテナがピンと立って良いぞと思った人が、良いぞを隣の人に伝えられないと開発はうまく進まないからです。まずは「インサイトの4要素」のフレームを活用して、いかに他者に理解してもらえるかという所から始める必要があると考えました。生活者がこういうシーンで、これがドライバーになってエモーションがどうでバックグラウンドにこれがあるからだと、端的に意見交換できるようになる点に魅力を感じ、事業部全体に広げたいと思いました。社内のアイデアプレゼンに至るまでの製品開発のプロセスが大切だと思っていますので、そこにデコムさんの考え方をどれだけ取り入れられるか、チャレンジですね。

―――2グループに展開した後、日用品事業部内にどのような変化がありましたか?

田原:前向きにインサイトフル研修を受講してくれたメンバーは、デコムシート(デコムのフレームワーク)を利用してTIPと同じ共通言語を使いながら仕事をしてくれるようになりました。共通認識があるのでやりやすくなったと感じます。まず❝人間を見に行くこと❞が第一フェーズ。その後に市場の未充足とブリッジさせていくことで、はじめて新しい価値になることや、人間を見に行く過程では効率は重視されるべきではなく、捨てアイデアも当然出る、という考え方で議論できるようになったのが変化の一つですね。メーカー視点はあえて忘れないといけないね、という発言が議論の中に自然に生まれています。生活者視点でインサイト/ニーズを見出すフェーズと、見出したインサイト/ニーズに対して解決策を提案する製品開発フェーズがありますが、このメーカー視点での製品開発は後なんだということが明確になったことは、大きな学びでしたね。

―――よかったです。大松も「仮説は30個持て」「インサイトは1円にもならない」とお伝えていますね。日用品事業部全体で一気にご受講されるのではなく、1グループずつ、メンバーに浸透できる速度で丁寧に進められたんですね。

デコムと研修内容を改善していく中で見えてきた、小林製薬の強みと弱み

―――他部門への導入には、どんなご苦労がありましたか?

田原:はじめての取り組みでは、ワークの「正解」を求める声が上がり、さまざまな価値観の考察があってよいことを理解してもらうのに苦労しました。2部門目では、私達はまだ初学者だという認識に立ち返って個人の理解度を深めるために、定期面談をグループではなく1on1形式で講師からのフィードバックタイムを長く設けるなど、デコムさんに柔軟に対応いただきながら、当時の私達にフィットする形で進行していただきました。

―――同じ日用品事業部にあるグループでしたが、課題や雰囲気が違いましたね。

田原:そうですね。1部門の研修が終わるごとに、大松代表や講師の方と振り返りミーティングをしていただけたのは有難かったです。デコムさんに日用品事業部のスキルをモニタリングしていただけたことで、私達がどこでなぜ苦しんでいるのかの理由が分かってきました。「小林製薬さんはアイデアを作っていく腕力がすごいですね、でも一方で生活者の情報をちゃんと分析できてますか?」というフィードバックは結構刺さりましたね。ニッチな市場を長年扱ってきたからか、短絡的に答えを求めてしまう傾向があることを自覚しました。得意なカテゴリーを離れると、生活者の事実をねじ曲げて無理やりカテゴリーの解釈に繋げていくようなことがワークの中でもありました。事実と妄想は違う、というところをはっきりさせていかなくてはという気づきがありました。

田原:振り返ると、これまでは生活者の課題が明確だったからこそ、生活者の情報をそのまま製品コンセプトに置き換えても良かったように思います。臭いからここに芳香剤を置こうといった「一対一の関係性」で製品コンセプトを作ってしまうと、私達企業から新しい価値を提供できませんし、私達が市場を発展させていくことができないので、今までのやり方しか知らないままでは厳しかったことに早く気づけて良かったですね。

正解を求めてしまう一直線の開発から、人間を起点にディスカッションできる組織へ

―――人材育成について、何合目にいらっしゃる感覚ですか。

田原:まだ2合目ですね。一直線ではない開発プロセスの定着や、日用品事業部全体に考え方を浸透させていきたいですね。私達は一年かけて新製品を作り上げるスタイルではなく、日常の開発業務の中で新製品を作り上げています。開発現場の意見交換の中に生活者インサイトの話題が何度も出てくるように、実業務の中にどう仕掛けを作っていくか、今TIPとして取り組んでいます。例えば開発承認のゲートになる資料に、生活者インサイトの履歴を残そうとしています。インサイトについて話す場をいかに多く仕組みの中に設けられるか、チャレンジしていきたいですね。

―――インサイトフル研修を受講した個人が、今後も生活者を意識しようとするだけでは組織は大きく変われないですよね。開発実務の中にインサイトを意識する仕組みを構築することで、ディスカッションが生まれ、実践の中で生活者理解が深まっていきそうですね。

組織改革に必要なのは、楽しさと のんびりした時間軸

―――今後のデコムのインサイトフル研修に期待することは?

田原:今は幅広い対象者で参加させていただいていますが、より学びたいメンバー向けのコースや、興味が出始めたメンバーをのめり込ませるようなエントリーコースがあると有難いですね。TIPのミッションの一つに「次世代の製品開発のリーダー、主人公を生み出す」というのがあります。次期リーダー創出についても、インサイトフル研修のような取り組みをご一緒できたら楽しいかなと思っています。新入社員はインサイトフル研修のウケがいいのですが、製品開発の理解が浅いから、うまくアイデアで表現できない面があります。一方で製品開発ができるメンバーは、生活者視点が分かっているつもりで抜けてしまい、価値と製品アイデアに距離が出てきてしまう。矛盾を抱えながら、やっていかなければと思っています。サービス拡充も楽しみです。

―――チームビルディングを兼ねて街歩きからインサイト発見とアイデア開発を行う「インサイトフルゲーム」というプログラムがあります。

田原:面白そうですね。こういうのはトップダウンではうまくいかないと思っています。現場のメンバーがインサイト発見やアイディエーションの行為自体が楽しいなと感じる経験とセットになることが大切だと思います。そういう意味では、TIPと一緒に取り組んだ開発メンバーが、楽しいな、また経験したいなと思って各グループに帰ってくれることが、成功指標の1つかもしれないですね。

田原:私は経営企画時代に、組織改革は製品開発の時間軸とは全く異なる、ということを学びました。組織の中には、様々なグラデーションの能力やモチベーションを持つメンバーがいるので、組織全体としてやんわりと同じ方向に向けていかないと、組織改革は進まないなと思っています。焦りすぎると歪みが出てしまいます。今回のインサイトフル研修でも、一喜一憂してやります、やめますと都度都度決めていたら、おそらく1度目で終了していたと思います。漢方薬的に徐々に効いてくると思っています。その中からいい芽はちゃんと見守り、うまくいってないところはダメだと排除するのではなく、じゃあどうすればいいのか、別の施策を当てるなど、のんびり考えて取り組む必要があるんだと、個人として思っています。

―――経営的な長期目線で組織改革を丁寧に楽しく実践されているTIPに伴走させていただけて嬉しく思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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